奇跡のレジ

いつものスーパーに行って買い物したら
奇跡的な出来事がありました。

そのスーパーにはホントに頻繁に行っているので
レジの人の顔も大体覚えています。
で、毎回当たると「ラッキー」と思う素敵なお姉さんがいるのです。

年のころは30後半から40代前半。
笑顔が素敵でお顔もかわいらしくて
何より「いらっしゃいませ」と言ってくれる時に
こちらをまっすぐ見つめてくれるその瞳が美しくて
買い物&プチヒーリングもしてもらっちゃってる感じ。

だから買い物のときに当たると「ラッキー」と思うのですが。
今日はそのいつもの素敵お姉さんは
新人さんと一緒にレジに入っておりました。

多分研修指導を兼ね、
ラッキーお姉さんはレジ打ち、
新人さんはお会計と二手に分かれていたのですが
この新人さんがこれまた美人!!

こんな事書いちゃうと職業差別的になっちゃうけど
どうしてスーパーのレジやってるの?と言いたくなるような
すらっとした菜々緒ばりのスタイルで
お化粧も完璧。笑顔も満点。

こ・・こんなことがレジであるなんて・・・・。

ラッキーお姉さんと菜々緒レディのダブルパンチで
ただの買い物がなんかすごい奇跡へと変換を遂げてしまい、
うっそ~って感じで帰宅しました。

あんな美人が、二人でレジ!

結婚してスーパーで買い物すること数千回、
今までこんな出来事にあったことがなくて
まさしく宝くじ的な確率。

ダンナに行ったらいそいそスーパー行きそうだなぁ。

でもこんな心地よさをくれた宇宙にありがとうと
感謝をしておきました。

おしまい。

ひねこび

本家ブログ、このところ新作ワークの発表&ご案内続きで
スペースが狭くなっているのでこちらにつぶやきを。

な~んか、もっともっと力を抜きたいなぁと思いました。

現在オープンハートの錬金術という
一斉ワークをご案内しています。

有償と無償とあるのですがすごくいい感じ。

何が良いかというと
お申し込みを頂くたびに私のハートが開いていく感じがしているのです。

ほら、女の子ってよくあるでしょ。
「この子はいいけどあの子は入れてあげない」みたいな
暗黙の了解の微妙なエネルギー。

多分女の子だけじゃなく
男の子もそういう部分は持っていると思うのですが
自分の中にあるその「入れてあげない」というエネルギーが
なんだかほぐれていっている感じがするのです。

「いいよいいよ~、みんなで一緒に楽しもうよ♪」みたいになってる。

私は学生時代はかなりひねこびた子で
「このクラスに私はいてもいなくても必要のない存在なんだわ」
と一人で思ってひとりひねひねしてました。

つまり目立つ子、キラキラしてる子が
うらやましくて仕方なくて、でも誰も慕ってくれなくて
「どうせ私なんか」って
プライドの着ぐるみを着てぶくぶくになっていたのですが。

だから、「みんなで一緒に楽しもうよ」
とか言っちゃう子は大嫌いでした。
ふん、どうせあんたはキラキラだからみんないたら楽しいわよね。
私はあんたの引き立て役じゃないわよ。

と口には出さなかったものの、内心ドロドロ。

今思うとなんて可愛かったのだろうとウットリします。

数年前の日記を読み返してみたら
とてもめんどくさい人がそこにいました。

一つ一つ考えて
「やはり私はダメなんだ」
「幸せになりたい」
みたいなことが延々と、そして同じ場所を何度もループしてるから
つまり同じことを書いている。

こうして客観的に読んでみると
抜けたくても怖くて抜けられなくて、結局ぐるぐるしていたんだな、と
分かるけれど、書いている時はそりゃー真剣でした。

でもやっぱりそういう自分が可愛いなーと思ってしまう。
まぁ過去の自分だからそう思うのかもしれないけれど。

「みんなで一緒に楽しもうよ」と言えなかった自分は
確かにひねこびていたと思うけれど
でもそれまでに自分が人生で感じてきた様々なことを想うと
ひねこびるのも仕方ないし、それでよかったんじゃないかなと思います。

あのひねこびがあったからこそ、今の私があるわけだし。

ただ振り返って思うのが
やはりひねこびて生きるより、素直に生きるほうが簡単だし
幸せを受け取りやすいな~ということ。

素直に生きるって死ぬほど恥ずかしい事のように感じがちだけれど
やってみると意外と簡単。
そう、恥を捨ててしまえばいいのです。

今までの経験だと
恥を捨てるための通過儀礼が
人生には何度か起こるような気がします。

渦中にいるときは感謝なんかできないし、
どーして私の人生こんなんなんだよと毒づきたくなるけれど
終わってみるともうボロボロで、欲も得もなくなってる。

そんな風に全部はぎとられたときに
ああこういうことだったのかって不覚にも心からの感謝が湧き上がってきたりしちゃう。

すごく分かりやすいところに落ち着く自分が嫌だけれど
結局私ってすごくかんたんな人間なんだなぁということを
受け入れざるを得なくなっちゃう。

幸せになるのに複雑さって要らない。
色々複雑にせず、簡単に幸せになっていく道を選んでいこうと
ちょっぴりの気合を入れながら思うのでした。




ガスレンジ掃除は世界につながる

思考が詰まっちゃったな~、というか
考えても仕方がないことを意味なく考えちゃうときに
やるのが掃除。

結構こういうときはガスレンジとか窓ふきとか、
普段のお掃除よりもちょっとランクアップのお掃除をします。

あと、床ぶきしたり。

そういうところを無心でお掃除ししていると
なんかいろんなことがどうでもよくなる、というのもあるんだけれど。

あと、自分の家をこうしてちょっと綺麗にすることで
家の波動がちょっぴり上がり、
その波動が周囲にも影響をもたらして
もしかしたらすご~く地球に貢献しちゃったりしてるかも?
なんてことを考えて一人幸せに包まれたりしてます。

以前、
「シンクロが起きている時、実は世界が動いている」
という話を聞いておお~と感動したのだけれど、そんな感じ。

ほんの小さな偶然の重なりは
決して小さなものではなくて、実は地球規模の動き。

先日私が買い物でゾロ目レシートを連発したのは
いくつかの商品の組み合わせの結果だけれども
その商品の値段の設定というのは
商品の流通とか物価の変動とか
そりゃ―細かい理由があるわけで。
自分ではコントロールできない動きとリンクしたときに
シンクロって起こるのかも。

そして話は戻りますが。

単に「自分の家をきれいにしている」
って考えるだけだとつまんないけれど、
「この行為が今この瞬間きっと世界につながっている」
って考えると理由もなくワクワクしちゃう。

自分の全てが世界につながっていて
その調和の中で生きているんだな~と思うと
やっぱりその調和を少しでも素敵なものにするために
日々楽しいことを考えたいし、
自分にできるささやかなことを丁寧に果たしながら
生きていきたいな~と思うのでした。

ポジティブに置き換える未来

心の中でいろいろやっていることがあって、
そういう意味ではいつも内面が楽しく忙しいのですが、
最近は「不安とか恐れといったネガティブな要素を
楽しさとか喜びを創造するエネルギーに置き換える」
という作業をやっています。

母とかその他周りの親戚と話をすると、すごいなと思うのが
そのネガティブすぎる未来妄想。
よくもまあここまで自分の不幸を想像できるなぁ・・というのも感嘆なんだけれど、
ここまで自分の不幸を妄想してるのに、それが全く現実化しないそのエネルギーにも
これまた脱帽。

結局ネガティブな未来妄想ってマイナスのエネルギーになってしまうけど、
あのマイナスをもってしてこの現実とすると、
本来のエネルギーは相当豊かなんだろうな、うちの母、と思っています。

ネガティブをポジティブに置き換えて自分の未来を妄想することで
けっこういい現実作れるんじゃないかな?と
ポッと思い立ち、自分の中でコツコツ作業を続けています。

「きっとダメだ」という思いを「大丈夫」とかワクワクに置き換えるのって
それなりのコツがいるし、エネルギーを変えることも必要。

かといって錬金術だけでも難しくて
自分の未来に対する自己責任というか
「幸せになっちゃおう~」みたいな許可も必要みたい。

一見、色々複雑に絡み合っているようにも見えるけれど
実はかなり中身はシンプル。
魂の部分に素直になってしまうと
色々な事ってあっけなく、かんたんにほどけてしまう。

この「ほどく」っていうのが結構楽しいんだけど。
うーん、これもワークになっちゃいそうだなぁ・・・。

という感じで今日は終わります。



サラマンダーのしっぽ

3月23日に書いたブログ。
今さらながらのアップです。

*****************************

この2年間、あり得ないレベルの出費が続き、
家計は燃えさかりまくり。
いやホントすごいのなんのって
「ここでこんなに出るの?」って倒れそうになったことが何度あることか。
が、そんなシチュエーションを楽しんでいる自分もいて、正直恐ろしいと思ってました。

この経済破綻状態、サラマンダーが通り抜けてるからだよとお空から教わりました。
ちょうど今は一番ハードなお腹のあたりも抜けてしっぽが通過中なんだそう。
ここで抵抗するとご滞在が長引くので、とにかくひたすら力を抜いて今の感じを味わいつくすことでスルスルと通過してくれるらしい。
もう抵抗なんてしないわ!
ひたすらひたすら今を味わって
サラマンダーちゃんにはお帰りいただこうっと。

ちなみにサラマンダーって「火とかげ」のことです。
全てを焼き尽くす炎っていうのかな。

本日は31日。ホントにしっぽのラストあたりになりました。
あ~やれやれ。