ひねこび

本家ブログ、このところ新作ワークの発表&ご案内続きで
スペースが狭くなっているのでこちらにつぶやきを。

な~んか、もっともっと力を抜きたいなぁと思いました。

現在オープンハートの錬金術という
一斉ワークをご案内しています。

有償と無償とあるのですがすごくいい感じ。

何が良いかというと
お申し込みを頂くたびに私のハートが開いていく感じがしているのです。

ほら、女の子ってよくあるでしょ。
「この子はいいけどあの子は入れてあげない」みたいな
暗黙の了解の微妙なエネルギー。

多分女の子だけじゃなく
男の子もそういう部分は持っていると思うのですが
自分の中にあるその「入れてあげない」というエネルギーが
なんだかほぐれていっている感じがするのです。

「いいよいいよ~、みんなで一緒に楽しもうよ♪」みたいになってる。

私は学生時代はかなりひねこびた子で
「このクラスに私はいてもいなくても必要のない存在なんだわ」
と一人で思ってひとりひねひねしてました。

つまり目立つ子、キラキラしてる子が
うらやましくて仕方なくて、でも誰も慕ってくれなくて
「どうせ私なんか」って
プライドの着ぐるみを着てぶくぶくになっていたのですが。

だから、「みんなで一緒に楽しもうよ」
とか言っちゃう子は大嫌いでした。
ふん、どうせあんたはキラキラだからみんないたら楽しいわよね。
私はあんたの引き立て役じゃないわよ。

と口には出さなかったものの、内心ドロドロ。

今思うとなんて可愛かったのだろうとウットリします。

数年前の日記を読み返してみたら
とてもめんどくさい人がそこにいました。

一つ一つ考えて
「やはり私はダメなんだ」
「幸せになりたい」
みたいなことが延々と、そして同じ場所を何度もループしてるから
つまり同じことを書いている。

こうして客観的に読んでみると
抜けたくても怖くて抜けられなくて、結局ぐるぐるしていたんだな、と
分かるけれど、書いている時はそりゃー真剣でした。

でもやっぱりそういう自分が可愛いなーと思ってしまう。
まぁ過去の自分だからそう思うのかもしれないけれど。

「みんなで一緒に楽しもうよ」と言えなかった自分は
確かにひねこびていたと思うけれど
でもそれまでに自分が人生で感じてきた様々なことを想うと
ひねこびるのも仕方ないし、それでよかったんじゃないかなと思います。

あのひねこびがあったからこそ、今の私があるわけだし。

ただ振り返って思うのが
やはりひねこびて生きるより、素直に生きるほうが簡単だし
幸せを受け取りやすいな~ということ。

素直に生きるって死ぬほど恥ずかしい事のように感じがちだけれど
やってみると意外と簡単。
そう、恥を捨ててしまえばいいのです。

今までの経験だと
恥を捨てるための通過儀礼が
人生には何度か起こるような気がします。

渦中にいるときは感謝なんかできないし、
どーして私の人生こんなんなんだよと毒づきたくなるけれど
終わってみるともうボロボロで、欲も得もなくなってる。

そんな風に全部はぎとられたときに
ああこういうことだったのかって不覚にも心からの感謝が湧き上がってきたりしちゃう。

すごく分かりやすいところに落ち着く自分が嫌だけれど
結局私ってすごくかんたんな人間なんだなぁということを
受け入れざるを得なくなっちゃう。

幸せになるのに複雑さって要らない。
色々複雑にせず、簡単に幸せになっていく道を選んでいこうと
ちょっぴりの気合を入れながら思うのでした。




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